2021鑑真和上足跡訪学(3/28 その1 東大寺)
奈良の東大寺に鑑真和上の足跡をたどり、能楽関係の名所旧跡も少しだけですが訪れることができました。
写真をクリックしていただくと拡大できます。
電車から撮影した平城宮跡遺跡
奈良公園の鹿たち
鑑真和上が日本に渡ってから示寂までの10年のうち、はじめの5年間を過ごした東大寺
南大門
運慶、快慶、定覚、湛慶らによる金剛力士像
大仏殿
基本構造は奈良時代の創建当初から残されているという、鑑真和上も前にしたはずの八角灯籠
そして、毘盧遮那仏
大仏に向かって左脇にお座りになっている虚空蔵菩薩
大仏に向かって右脇にお座りになっている如意輪観音
広目天
多聞天
創建当初からあり、鑑真和上も聴いたであろう大鐘
平重衡の焼討で東大寺の建物はほとんどが焼失しましたが、奇跡的に残った建物がこの法華堂(三月堂)、この後にご紹介する転害門、そして正倉院だそう。いずれも鑑真和上が来日した当時からの建物です。法華堂の天平の仏さまに圧倒されました(残念ながら撮影禁止)
そして転害門
平重衡の焼討被害を視察に来た源頼朝を暗殺しようとした悪七兵衛景清、その景清が潜んでいたので別名を景清門というそう。つい先日、間狂言をさせていただいた能「大仏供養」です!
天平から立ち続ける原木そのもののような柱
東大寺を守護する手向山八幡宮の祭礼で、神輿が置かれる石
大仏殿に向かって左にある大仏池。この池の北側に鑑真和上がお住まいになっていたそう
大仏池の近くにあり、東大寺に戒律を伝えた鑑真和上が開いた戒壇院(僧が戒律を受けるところ)。隣にある千手堂には千手観音菩薩の御像とともに、唐招提寺の和上像を忠実に模刻した御像が安置されています。
このほか、今日の能楽関係の名所旧跡訪学はこちら
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