『龍立物製作記』を掲載しました

能楽シテ方観世流の加藤眞悟師の会報『眞通信』に、『龍立物製作記』という短い文章を書かせていただきました。製作中の写真とともに、テキストを掲載しますのでぜひお読みください。能狂言の小道具ひとつとっても調えるのが難しいことも知っていただければ幸いです。この場をお借りして、このような機会をくださった加藤師に御礼申し上げます。



『龍立物製作記』

奥津健太郎

 能楽(能狂言)の舞台の道具は数多く、面・装束・小道具・楽器など種類も多様です。能楽は江戸幕府の式楽だったこともあり、手間暇を惜しまず精魂込めて作られています。しかし現在では職人さんも減り、材料・技法など様々な面で昔のようにはいきません。

 昨年七月、加藤眞悟先生から「龍の立物(たてもの)は作れますか?」とお話をいただきました。「龍の立物」とは龍神の役を象徴する道具で冠に立てて使います。龍の立物をつけた冠を「龍戴(りゅうだい)」と呼びます。

 私は狂言方和泉流の野村又三郎門下で舞台を勤める一方、面打(めんうち/能面製作)にも携わるなど物作りが好きですが、初めての製作には困難が予想されました。以前、別の方の製作依頼をお断りしたこともありましたが、加藤先生の御所蔵の面を修理したこともあり、また数か月後の龍戴を使う〈張良〉への熱意なども伺い製作をお引き受けしました。

 製作には見本が必要です。能楽は詞章や型はもちろん、作り物や小道具に至るまで伝承を尊重します。古い伝書には小道具の寸法や色なども細かく記されています。今回は梅若万三郎家御所蔵の立物を拝見するありがたい機会に恵まれました。

 まず全体の輪郭を紙に写し取り、どのように作られているかを観察します。「写真を原寸に拡大して写せばよい」とも言われますが、写真は端に行くほど歪むため、写真から型は起こせないのです。

 次に、輪郭の内側に、鱗など全ての線をバランスを取りながら描いていきます。描き終えたら、薄い和紙をのせてその線を写し、裏返して反転した型を作ります。

素材は牛革。革に線を写し、彫刻刀で切り抜いて両面を貼り合わせます。接着剤は漆と小麦粉で作る「麦漆」です。現代の化学的な接着剤は便利ですが百年後どうなっているかわかりません。劣化して役に立たないかもしれません。革をもろくするかもしれません。自然素材の漆は乾くのに適切な温度と湿度が必要で、かぶれることもしばしばです。面倒な一方で、数百年問題なく有効であることは歴史が証明しています。長く舞台で使われることを考えると漆が良い結果になります。今回は品質の高い中国産漆を使いました。

 革を貼り合わせたら漆と砥の粉で作る「錆漆」で全ての線を盛り上げます。繊細な作業で片面三日はかかります。「盛り上げ胡粉」は扱いが楽ですが剥落しやすいため、舞台での使用に耐える「錆漆」を使いました。夏の高温多湿期には順調に乾く錆漆も秋の爽やかな季節に入ると途端に乾かなくなり、「舞台に間に合うのか」と焦ることもありました。

 盛り上げた線を整えたら漆で全面に金箔を貼ります。箔にも種類があり、銀や銅を多く含む金箔は青っぽくなります。今回は時間が経っても箔の色が変わらない純金の箔を使いました。

 最後に日本画の絵具である岩絵具「松葉緑青」「赤」「紺」と、胡粉(白)、金泥の五色で彩色し、黒瑪瑙の眼を入れて足掛け半年、ようやく完成となりました。

手間も時間もかかり、古人の苦労を実感した日々でした。舞台で長く使われて、時代を越えて多くの方々にご覧いただけることを願っています。

(おくつけんたろう/狂言方和泉流)



奥津健太郎・健一郎

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